ヤマハ(YAMAHA)の歴史
ヤマハ株式会社(YAMAHA)の創業者である山葉寅楠(1851-1916)が、静岡県浜松市で1台の壊れたオルガンの修理をきっかけにしたことからヤマハのメーカーの創業が始まりました。ヤマハの商標「YAMAHA」はこの創業者の名前(山葉)に由来します。 ヤマハ株式会社(YAMAHA)は1987(昭和62)年10月1日、その前身となる日本楽器製造株式会社から現在の社名に変更しました。
創業者の山葉寅楠は、紀州(現在の和歌山県)徳川藩士で、天文係をしていた山葉孝之助の三男として生まれました。
寅楠は、父の仕事を見たり器具や機械をいじったりして育っていくうちに、器具や機械類に関心をもち、また手先が器用なことから、その後長崎で時計づくりを学びました。
その後、長崎時代に医療器械を手がけ、1884(明治17)年頃から医療器械の修理のため浜松の病院を訪れるようになりました。
そこで1887年に浜松尋常小学校(現在の元城小学校)の壊れたオルガンの修理に成功したところからオルガン製作を決意し、1888(明治21)年浜松に合資会社山葉風琴製造所を設立しました。
そして、1897年(明治30)年10月12日には資本金10万円で日本楽器製造株式会社を設立し、初代社長に就任しました。
それから3年後の1900年(明治33)に、ヤマハの第一号のピアノが誕生しました。





